うんこちんちん
自分の持ってる知識、情報、技術、思想、全て出し切ったら、それが当然のものとなり、自分だけの特別なものではなくなり、自分という特別な存在が溶けてしまう、そんなニュアンスを沼尾さん(川崎在住)が言ってたような、ふと思い出した。
反対に、自分の知りうる全てを吐き出して、自分の存在が溶けてしまっても、世の中を変えることの方が面白いと、そこまで大それたものじゃなくて、例えば自分の一言で相手の価値観が多少でも変わった瞬間だったり、そういう些細なことが面白いと俺は思って、たまに言う「お前は俺のおかげで生きている」が、今までそこら辺の人と同化しているただの人だったお前が、俺の価値観に少しでも影響されることで特別な存在になる、つまり俺の中で一人の人として識別される、生きている、ということなんだけども、単に自分の価値観を共有したいだけなんかなーとも思った。
自分で気持ち悪いと思った、俺はまだ気持ち悪い男だ。お前も気持ち悪い。
俺としては思考の停止と同じベクトルの話で、例えばどんなにすごい作曲家でも毎回いい曲を供給し続けるって言うのは難しい。そのままもう何も考えられないぜってなって外部からのインプットに重きを置いた作曲を続けて行くうちに、自分の色がまったくなくなってしまう。んじゃないかって話。
過程を飛ばした結果だけの話ね。
まあ俺も田島の考えには同感で、停滞するくらいならどんどん循環させた方が面白いとは思います。
循環させまくりで大金持ちになって金のウンコデルデルデルパソコンな生活がいいんだと思います。
買って損損、買わせてハドソン
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糞豚大先生