前略「うんこ汚い = 心が汚い」を一般向けに表現すると、「見えてるものは見たいもの」とも表現できるんだけども、
最近否定的なエントリをしてる気がして、こりゃいかん、もっと中立国家スイスだぜ俺は、とか思ったわけだ。
つまり否定的な意見になることは、そもそも否定的な目で見てて、そうなるともうどうしようもなく、嫌な部分しか見えてこない。
仮に良い点があっても、元の意見が否定的だったのに、その自分の意志を否定してまで肯定しようとは思わない。
初対面とかイメージとかで決まってしまった意志は、なかなか変えるのが難しいのだ。
その意志を変えることは、自分を否定するということになるからで、それが簡単にできればと、というか無意識にそうなっちゃうのがマズイ。
なので、最初から否定的になったときの肯定は自分の否定なので、小生、何事もまずは肯定的に捉えてから、否定的なとこを引っ張り出すというやり方を推奨する次第であります。
最初が肯定的で後で否定的になった場合に、自分の意志を否定したくない、となった場合、結果的に肯定的になります。
いつもは安い靴を買うんだけど、なんとなく高い靴を買ってみた。
高い靴なのにすぐ穴が開いてしまった。
もうこのメーカーは買わない。
安い靴でいいや。
前から欲しいと思ってた靴を、大金はたいて買ったのに、すぐ穴が開いた。
自分の使い方が悪かったんだろう、今度からちゃんと履こう。
自分が見えているものは、自分が見たいものである。
最近否定的なエントリをしてる気がして、こりゃいかん、もっと中立国家スイスだぜ俺は、とか思ったわけだ。
つまり否定的な意見になることは、そもそも否定的な目で見てて、そうなるともうどうしようもなく、嫌な部分しか見えてこない。
仮に良い点があっても、元の意見が否定的だったのに、その自分の意志を否定してまで肯定しようとは思わない。
初対面とかイメージとかで決まってしまった意志は、なかなか変えるのが難しいのだ。
その意志を変えることは、自分を否定するということになるからで、それが簡単にできればと、というか無意識にそうなっちゃうのがマズイ。
なので、最初から否定的になったときの肯定は自分の否定なので、小生、何事もまずは肯定的に捉えてから、否定的なとこを引っ張り出すというやり方を推奨する次第であります。
最初が肯定的で後で否定的になった場合に、自分の意志を否定したくない、となった場合、結果的に肯定的になります。
いつもは安い靴を買うんだけど、なんとなく高い靴を買ってみた。
高い靴なのにすぐ穴が開いてしまった。
もうこのメーカーは買わない。
安い靴でいいや。
前から欲しいと思ってた靴を、大金はたいて買ったのに、すぐ穴が開いた。
自分の使い方が悪かったんだろう、今度からちゃんと履こう。
自分が見えているものは、自分が見たいものである。
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